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平和をもって鎮魂とする。

やっとこ、ネットの繋げる場所にでてきました。
えらいとこに滞在してたわよ。
その話しは、別の記事に書くとして
今日はちょっとまじめなお話を。
武ちゃんから遠ざかっちゃうけどゴメン。
これは、書かずにはいられないわ。

宮崎滞在中の現在、毎日のように観光してます。
その中でも、九州に行ったら行きたかったのが知覧。
知覧と言えば、特攻隊の飛び立って行った場所です。

ダンナさんの影響で(半ば強制的に)
歴史物というか史実に基ずいたお話をいろいろ目にしました。
そのなかでも、日本人として
一度は見ておきたいと思ってたのが
鹿児島の知覧にある知覧特攻平和会館でした。

もちろん、特攻隊が何をしたのか、知らないわけではありません。
お国のために自分の命もろとも敵にぶつかっていくなんて
今の時代の人だったら絶対ありえないことですよね。
すごいなとも思うし、何でそこまでとも思う。
正直、すごいけど自分には出来ないなと言うぐらいの感覚でした。

旅行-6この旅行で知覧に行くなら、特攻平和会館を見ようということになり、事前勉強としてDVDを見ました。
「僕は君のためにこそ死ににいく」
タイトルからして、ものすごい衝撃。これを見て、今までちょっと勘違いしてたところがありました。特攻隊はみなほぼ洗脳状態で、お国のために、日本万歳と敵艦にぶつかっていったんだとばかり思ってました。でも、日本が特攻作戦を実行して敵がが驚いたのはほんとに最初だけ。そりゃそうですよね。まさか、飛行機で自らが爆弾となり突っ込んでくるなんてバカなまねはするはず無いと思いますもんね。最初はさぞかし、驚いたと思います。でも、わかってしまえば向かってくる特攻機を打ち落とせばいいだけの簡単な話し。ほとんどが敵艦に見事命中する前に海へうち落とされてしまった
知覧の街。
ようです。
日本軍にも特攻は果たして意味があるのか。
無駄死にではないのかと言う疑問の声も。
でも、もう後に引けない上層部が出した答えは「特攻として行け」
「立派に死んでこい」と言うものでした。
ある意味、洗脳状態でお国のために!と行けるのであれば幸せです。
でも、無駄死にではないのか・・・
と言う疑問を抱きつつも特攻の命令がくだるなんて、やりきれません。
そんな複雑な気持ちを抱えつつ知覧へ。

旅行-7知覧の街はとってもきれいで、道路の両脇には灯篭がずら~っと並んでいます。若くして命を落として行った特攻兵への鎮魂の意が込められてるんでしょうね。なんだか、知覧の街に入り、灯篭を見るだけでも胸にくるものがあります。平和会館の前には特攻機が展示されていました。この飛行機に帰路はありません。行きの燃料だけを積み込み沖縄の空へ向けて飛び立つ。
映画撮影で使われた特攻機。
会館内にはたくさんの資料が展示されています。
最も多く展示されているのは、明日出撃する特攻兵が
家族や親しい人へ宛てて綴った遺書や手紙。
「お国のために立派に散ってまいります」
「決して悲しまないでください」
など、いさぎよい言葉が書かれていましたが
この手紙をどんな気持ちで書いていたんだろうか。
恐怖は無かったんだろうか。
とくに、言葉を失ったのは絶筆。読んで字のごとく。
ただの文字から言葉に出来ない強さを感じ取り
たくさん展示されてはいるものの読むことが出来ませんでした。
苦しい思いでこれ以上読むことが出来ません。
涙が止まりませんでした。
(一人号泣で、恥ずかしかったけど・・・・)

旅行-4
お天気もよく、とてもきれいな青空。
数十年前、こんな綺麗な青空を特攻兵の若者も見ていたんだろう。
どんな気持ちだったかな。
空を見て綺麗だと感じるのは同じだったが
そんなことを感じる余裕はあったか。
おそらく、空気も澄んでいて今よりももっと綺麗な青空だったんじゃないかな。
変わらぬ青空。


旅行-5帰りに立ち寄った知覧の街の武家屋敷群。とても歴史のある綺麗な町並みでした。こんな素敵な所になぜ特攻基地を作らなくてはならなかったんだろうか。
日本に住むわたし達は、平和であることがあたりまえで戦争なんて自分とは違う次元のお話になってる。いわば平和ボケ。ちょっとした不満で文句を言ったり落ち込んだり、そんなことがちっぽけでしょうがなく思えた。
武家屋敷の町並み。
大きなことはできないけど、戦争で亡くなった
特攻兵をはじめ、たくさんの命のために出来ることは
平和を貫くこと。
それが皆の共通の願いだと思う。


戦争で亡くなった者、これからを生きる者への
最も簡潔であり、守り抜かなくてはいけない言葉をもってこの記事の締めに。

「平和をもって鎮魂とする」



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コメント
No title
これはまた貴重な体験でしたね。
昔、特攻隊の生き残りの方に取材したことがあります。
その、無駄死にしに行って、米軍に打ち落とされたおかげで命が助かった人なんだけど、
艦に突っ込んで行くときに食いしばって歯が全部折れたって言ってました。壮絶ですね。
Ctommy URL 2009年08月21日 00:00:48 編集
青空、すごくきれいですね。
でも、きれいすぎて逆に悲しくもなりました。

特攻兵を送り出す方々は、青空の中に消えていく機体を見送っていたと思います。
「今も青空を見上げるたびに思いだされるのかな?」って考えたら、体験された方々に「終戦」はないのかもしれないですね。
林檎 URL 2009年08月21日 21:10:01 編集
>Ctommyさん
Ctommyさんの取材体験もかなり貴重ですね。
食いしばって歯が全部折れるなんて、尋常な力じゃないですよね。
普通だったら、歯が折れるほどの力出せません。
そうとうな使命感と、恐怖と、表現できないいろいろなものが入り混じった結果なんでしょうね。

結果、その方は生き残れて、後になってみれば良かったのですが
その経験が残した代償はおおきかったjんじゃないかと思います。
戦争が終わって何十年もたって、平和な暮らしをしている今でも
敵からの砲弾の音や目にした悲惨な光景が夢に出てきてうなされる方が多いと聞きました。
本当に、今では想像もつかないぐらい壮絶だったんでしょうね。
ショコラ URL 2009年08月22日 12:55:21 編集
>林檎さん
ほんとですね。

特攻で行かれた方はもちろんのこと
送り出した方も、相当深く記憶に刻まれてることと思います。
戦争を知らずに育ってる世代が多くなり平和である事があたりまえになってしまってる今
まちがっても、同じ過ちを繰り返してはいいけないと深く感じました。

澄んだ空の青は、悲しみの涙の青のようにも感じられますね。
ショコラ URL 2009年08月22日 13:05:53 編集
こんばんわ。
母方の祖父が、特攻隊に志願していました。
戦争が終わったので特攻隊として出撃することはなかったのですが、もし出撃したら、私はここにはいないと思います。
私も、是非行ってみたいです。
今は平和を訴えていても、現実を見ないで唱えている人も多い。
そんななかで、きちんと史実を知って、痛みを知ることは大切だと思うのです。
とてもよい経験が出来てうらやましいです。
今ある平和を、幼い命の未来のためにも、守っていかなきゃいけないと思います。
ヨシノ URL 2009年08月23日 20:51:57 編集
>ヨシノさん
おじいさまも、特攻志願されてたんですね。
出撃前に終戦を迎え、運が良いいという表現は適切ではないかもしれませんが良かったと思います。
そこで、もしも亡くなっていたら、これからずっと続いてくであろう命も
産まれなくなってしまうわけですからね。

戦争を知らない世代が、二度と同じ過ちを繰り返さないためにも
経験した方の体験や資料やそういったものに触れる事を
しなくちゃいけないなとつくづく感じました。

ショコラ URL 2009年08月26日 11:37:22 編集

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